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ソマティック・マーカーのことなど

 情報処理されているけれど意識にあがらないもの、についてはもう1つおもしろい実験がある。

 「ギャンブリング課題」というもので、文字通りギャンブルをやってもらう実験だ。4つのカードの山から 1枚ずつカードをめくり,そこに書かれている数字に従って手持ちのコインが増えたり減ったりする、という単純なギャンブルを被験者にやってもらう。4つの山のうち2つ(「損するデッキ」とする)は一見、大きなお金を手に入れるチャンスが多いように見えるが、長期的にはマイナスの方が多くなるようになっており、残り2つ(「よいデッキ」とする)は一見地味な額のカードしかないが、長期的には少しずつもうけられるようなカードで構成されている。

 これを健康な人と、脳(前頭葉)に損傷を受けた人にやってもらうのだけれど、健康な人の場合、何十回と行っていると「よいデッキ」を選んだ方が得であることに気づくらしい。

 しかし面白いのは「よいデッキの方がもうかる」とハッキリと意識するよりも前に、「よいデッキ」を選ぶことが増え、しかも皮膚電機反応においても「よいデッキ」を選ぶときと「損するデッキ」を選ぶときとで変化が生じる(「損するデッキ」を選ぶ時の方がストレスが高くなる)という点だ。つまり、意識的にデッキの違いに気づく前に、すでに身体反応レベルで変化が生じており、しかも行動レベルでも正しい方を選択することが増えているということになる*1

 この結果をもとに、実験者であるダマシオは「人は何か意識的な選択や判断をする前に、まず身体的・生理的反応が起こり、その情報をもとに対象についての価値づけや判断が無意識的に行われる段階がある」と考えたそれが「ソマティック・マーカー」。ソマティック=身体的、という意味なので、いわば身体的な刻印。*2

 つまり、このギャンブル課題ならば、損するデッキを選んだ際の「損」もしくは「不快」という身体的反応(皮膚電気反応に表されるような発汗など)は繰り返されるうちに刻印として身体に残り、そして、ついには同じ選択をする時に再現されるようになる。その時、人はその再現された身体的反応をもとに、その選択に対する「イヤな感じ」を無意識的に察知し、選択を回避するようになるというわけだ。

 わたしたちが何かを選択したり決断する時というのは、いろいろな条件を考慮して合理的、論理的に決断を下しているのではなく、このように、それまでの経験の積み重ねに基づいた身体知、経験知というものに大きく左右されているし、その精度もそこそこ妥当なものなのだろう。よく「経験知」や「達人の直感」なんて言ったりして、ややもすると眉唾モノの扱いを受けたりもするけれどそうではなくて、「達人の直感」なんていうのはそれこそ、ソマティック・マーカーの膨大な集積によるものであったりするのかもしれない。

 この実験はいろいろ批判もあるようだけれど,人の無意識や予感といったものを神経学的なものと関連付けた、非常に興味のそそられる話だと思う。

 

 ↓ソマティック・マーカーについて書かれている本。

デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳 (ちくま学芸文庫)

デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳 (ちくま学芸文庫)

 

 

*1:*ちなみに前頭葉を損傷した人たちは、損するデッキを選ばない方がいいと頭で分かっても損するデッキを選び続け、皮膚電気反応の変化も生じない。このように長期的な展望に基づいて適切な判断ができなくなるのは、前頭葉損傷後に多くみられる後遺症「社会的行動障害」の1つといわれている。

*2:*この「身体的・生理的反応に基づいた価値づけ」というのは「情動」ということになる。ソマティック・マーカーは「論理的、合理的、意識的な選択をする以前に無意識下で行われている情動に基づいた価値判断」ともいえる。