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【脳】意識されないけれど処理されている情報たち

 わたしが神経心理学を学びたての頃、とても興味をそそられたのは半側空間無視のある患者さんに対する選択実験の話だ。
 
 半側空間無視というのは,脳損傷後の後遺症の1つで、空間の左側(右側)に「気づけなくなる」症状だ(*右無視もあるけど、臨床的には左無視の症状が圧倒的に多い)。
 
 目が見えないわけでもなく,目に情報は入っているけど、それが「認識できない」もしくは「人では認識できない=言われないと気づかない」。そんな状態なので、お盆の左隅に置かれたデザートに気付けなかったり、車椅子で移動するときに左の障害物をよけられずぶつかったり、洋服を着ようとしても左袖が見つけられなかったり…、こういったことが半側空間無視の患者さんにはよく見られる。目が見えないわけではないので、他の人が声をかけたり手を誘導すれば気付くことが出来るのだが、重症であったり身体の感覚が麻痺しているとそれでも難しい。
 
 自分一人では気付けない。明らかに存在する対象に気づけない様子というのは、端から見ると本当に不思議で何とももどかしくなる。しかし、患者さんからしてみれば「いつも左,左って言われる」「気をつけても見落としてしまう」という状態なのだ。「自分で思っている左」よりもさらに「左側」が世界に存在するという不思議さ。
 
 半側空間無視のある方への選択実験というのは、「半側空間無視の患者さんに,普通の家の絵と,同じ家だけど左側に炎が描いてある(火事になっている)家の絵を見せて,どちらが好きかを選んでもらう」というもの。
 
 結果は、ほとんどの人が、左側に描いてある炎を認識していないにもかかわらず普通の家を選ぶらしい。彼らは選んだ理由を聞くと、「なんとなく」とか「こっちの方が歪んでいないから」とかこじつけのような回答をするという(というか、彼らにとってはどちらも「同じ家の絵」なのだから選ぶように言われたり、理由を聞かれると戸惑うらしい。
 
 つまり、左側に描かれた炎は、本人の意識にはあがらないけれど脳のどこかでは処理されており、本人の選択に影響を与えているということになる。これは本当に面白い結果だ。わたしたちの脳は、受信して脳内で処理されて行動に影響しているにも関わらず、全く意識はできない情報、というのがあるということだ。よく第六感とか虫の知らせというけれど、そういったものを理解する糸口がここにあるような気がする。
 
脳のなかの幽霊 (角川文庫)

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火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)

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  実際の症例にもとづいた脳の不思議さについての本は、この2冊が名著。どちらも1人1人の患者に対する臨床医としての眼差しがあたたかく、単なる興味本位を満足させるための本ではないところがすばらしい。