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物語における理不尽な死が好きだ

 物語における理不尽な死が好きだ。1人1人の個別性も尊厳性もなく惨めに虫けらのように殺される、そんな死が大好きだ。
 
 それは私たちに普段はキレイに隠されているこの世界の無慈悲さを思い出させる。私たちは誰だって何も意味も大義もなく簡単に死んでしまう存在なのだ。いくら高尚なことを考えていたって、どんな偉業を成し遂げていたって、私たちの肉体はとても脆く世界はとても残酷で、死ぬときはもうあっけないくらいに簡単に死んでしまう。その無常さをあっさりと描いてくれる、そんな残虐な物語が大好きだ。
 
 理不尽な死の前で繰り広げられる、運命に抗おうとする無駄な努力や奇跡を願う祈り。そういった人間の営みのいじましさと力強さ。死と対比されると人間の営み全て、弱いものも醜いものも含めた全てがかけがえのない厳かなものに思えてくる。
 
かわいいもの、美しいもの、幸せで輝いているものを好むのが人間です。でも世の中すべてがそういう美しいもので満たされているわけではなく、むしろ美しくないもののほうが多かったりすることを、人は成長しながら学んでいきます。この世の中には醜いものや汚いものがあり、人間の中にも残酷なことをする人がいる。
 
まだ幼い少年少女には想像もできないほど過酷な部分が現実の世の中にはあって、それを体験しつつ、傷つきながら人は成長していく。現実の世界はきれいごとだけではすまないことを誰でもいずれ、学んでいかざるをえない。何しろ極端な場合は、頭に隕石がぶつかって死ぬような不条理なことだってありうるわけですから。
 
でも世界のそういう醜く汚い部分をあらかじめ誇張された形で、しかも自分は安全な席に身を置いてみることができるのがホラー映画だと僕は言いたいのです。<中略>窮極の恐怖である死さえも難なく描いてみせる、登場人物たちにとって「もっとも不幸な映画」がホラー映画であるとだから少年少女たちが人生の醜い部分、世界の汚い面に向き合うための予行練習として、これ以上の素材があるかと言えば絶対にありません。もちろん少年少女に限らず、この「予行練習」は大人にとってさえ有効でありうるはずです。
 荒木飛呂彦荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論」p.15-17
荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論 (集英社新書)

荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論 (集英社新書)

 

 

 ということで、人が不条理にたくさん死んでいくメジャー漫画3つ。説明はいらないですね。

GANTZ 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) 

進撃の巨人(16) (講談社コミックス)

アイアムアヒーロー 17 (ビッグコミックス)

  「進撃の巨人」はなんか小難しくなってきちゃったけど、「アイアムアヒーロー」は何というかあの予断を許さない展開が好きです。