読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

何の意味があるのかと問われようともそこに意味はある

療養病棟の一角にあるその病室はとても静かだ。寝たきりで意識も朦朧とした人しかいないため、部屋の空気はほとんど動かず、呼吸器や酸素マスク越しに痰の絡んだ呼吸音だけが聞こえる。硬直し奇妙な方向に捻じれた手足。閉じられた瞼、もしくはあらぬ方向を…

「異物」の文脈に思いを馳せよー『トラウマの現実に向き合う』の紹介

この前、1人の他者として尊重されない苦痛、相手の価値観や感情で規定されてしまうことへの拒否感について書いたのだけれど、書いた後に、確か似たようなことについて分かりやすく書いた本があったな、と思って探してみたらあった。水島広子の『トラウマの現…

「なんで幸せになろうとしないの」という言葉のもつ暴力性

時折、人から「幸せになれるはずなのに(どうしてなろうとしないの)」と言われる。わたしはその度に少し傷つく。 傷つくのは、それなりの歴史と葛藤をもった個人として扱われていない感じがするからだ。わたしという固有の存在が、相手の価値観や感情で勝手…

やさしいものへの期待とそれに対する警告、ぬいぐるみの話

懇親会は女性ばかりだった。わたしより若い人が数名と、後はわたしよりも年上の女性たち。みんな同業者だ。 女性ばかりの会合だとわたしはいつも少しだけ緊張してしまう。嫌われるのでは、と思うのだ。彼女たちがわたしと付き合うメリットは何もないから、変…

死、もしくは詩

一番最初に死を意識したのはいつだろう。 わたしの場合は小学生の頃、一人でシャワーを浴びていた時だ。シャワーの穴から延々とお湯が出てくるのを下からぼんやりと見上げていたら、急に時間というものや毎日というものがこれからも延々と連なっていくのだと…

切実な希望を見つめ続けること

怒りは二次的な感情、とよく言われる。 個人的な体験としては、怒りは期待や希望の反映だと感じることが多い。人は、他人や世界に何かを期待しているからこそ、その通りいかなかった時に怒ったりイライラしたりするものだ。怒りの背後をみれば、自分が人や世…

世界を信じるというリスクについて

勤めている精神科の病院ではデイケアというグループを担当している。デイケアというのは通院している人たちのためのグループ活動だ。レクリエーションを中心に行うものもあれば、復職のためのトレーニングや集団心理療法を行うものなどさまざまだ。 わたしが…

観念的なものが通用しない現実、というもの

北海道にある、取り組みや理念がユニークかつ画期的なことで有名な精神疾患患者のための地域活動拠点「べてるの家」。その創立にかかわったソーシャルワーカーの向谷地さんの以下の言葉がとても好きで、初めて読んだ時からずっと覚えている。 学生時代までの…

ソマティック・マーカーのことなど

情報処理されているけれど意識にあがらないもの、についてはもう1つおもしろい実験がある。 「ギャンブリング課題」というもので、文字通りギャンブルをやってもらう実験だ。4つのカードの山から 1枚ずつカードをめくり,そこに書かれている数字に従って手…

「音のない音」を聴くということ

合気道のお稽古で呼吸法に入る前の精神統一のときに、「音のない音に耳を傾ける」と先生が言われることがある。音のない音。 始めてこの「音のない音」という言葉を聞いたとき、前回の選択実験の話を思い出した。 もしかしたら、わたしたちが「音のない音」…

【脳】意識されないけれど処理されている情報たち

わたしが神経心理学を学びたての頃、とても興味をそそられたのは半側空間無視のある患者さんに対する選択実験の話だ。 半側空間無視というのは,脳損傷後の後遺症の1つで、空間の左側(右側)に「気づけなくなる」症状だ(*右無視もあるけど、臨床的には左…